プロフィール 12歳で生け花を始め、20歳で全国にわずか3名の若手作家として指名された後、フラワーデザインを学ぶ。周囲の声を受け個人教室を開校し、フラワーデザイナーの資格を取得した後は、日本で2校目のフラワービジネス専門学校で主任講師として活躍。2000年頃からはプリザーブドフラワーの第一人者として著書も刊行。現在はデザインスタジオを始め、ベル・フルール銀座本店、有名百貨店でのショップ展開やスクール運営に加え、フラワー業界の各団体で要職を務めている。2002年WAFA世界大会(イギリス)では部門3位入賞他、受賞多数。
フラワーデザインの第一人者として知られ、2008年には銀座に日本初のプリザーブドフラワー専門店「ベル・フルール銀座本店」をオープンさせたベル・フルール(株)代表取締役の今野政代さん。ごく普通の花好きの主婦が、知人を対象に自宅で教室を開いたのが30年前。その後、専門学校講師やさまざまなイベントでのデモンストレーション、執筆活動などを経て現在の社長業に至るまでを、女性ならではの視点から語っていただいた。
子育ての合間にも
花への想いを持ち続けて

インタビュアー 川村ひかる(タレント)
川村 「ベル・フルール銀座本店」にお邪魔しています。プリザーブドフラワーが上品にディスプレイされていて、素敵なお店と、スタイリッシュなお教室ですね。どんな経緯でオープンされたのですか?
今野 昨年の1月に新しい手帳に3年計画を記入して、開校に向けた行動を起こしたのですが、とても手の届く物件は無く諦めかけました。でも、知人の紹介で今の物件が見つかり、4月に契約、7月には開校できました。銀座にお店と学校を開くという夢のような話が、手帳に書いて実際に動き出したことで現実になりました。“まず行動”という言葉を実感した出来事でしたね。
川村 あらためて、おめでとうございます。先生はどんなふうにお花と出会われたのですか。
今野 中学1年で生け花を始めたのがお花との出会いでした。20歳のときには日本で3名しか認定されない若手作家に認められて、でも、生け花の世界は型が決まっていますから、もっと多角的に花の世界を見たいと思って、実家の近くにあった日本初のフラワーデザイン学校「マミフラワーデザインスクール」に通い始めたんです。そこで「こういう花の世界もあるんだ」と衝撃を受けて、それからは生け花とフラワーデザインを並行して勉強しました。

22、3歳の頃は大学病院で教授秘書の仕事をしていて、デザインした花を局内に飾ったりするうちに教室を開くことになりました。結婚して息子たちが生まれて専業主婦になってからは、お花の勉強ができないストレスが強かったです。それでも育児の合間にこまめに続けてくるうちに、子どもたちが幼稚園や小学校に上がり、家に来てくださったお友だちやお母さま方が私の作品を見て「教えてほしい」と言ってくださって、それを機にフラワーデザイン教室を再開しました。
川村 再開されてからはいかがでしたか?





